人気ブログランキング |

カテゴリ:暮らし暦( 317 )

夏至号 -今日は旧暦 5月 1日です-

現代暦 621日は二十四節気のひとつ、夏至です。

北半球では、一年のうち最も昼の時間が長い日、それが夏至。

隣の空き地の雑草もどんどん成長し、エネルギーに満ち満ちているそんな季節です。雨、そして太陽の日差しの恵みを植物はたっぷりと浴びている、そんな実感があります(まあ、雑草伸び放題のボーボー状態、とも言いますが)。

太陽の出ている時間が長い今、我が家の太陽光発電システムも毎日毎日稼働しています。昼間の我が家の電気をすべて賄ったうえ、余剰電気は電力会社がかなりの高値で買い取ってくださるのです。

今現在、太陽光発電システム設置計画中のお客様は、10年間の固定買取価格は21円。買取価格は8年前と比べると半分になりました。一方、初期設置費用は60%程度でしょうか。

8年前に、当時パネル一枚当たりの最高出力は215Wでした。現在のパネル一枚当たりの最高出力は360W、交換効率は22.1%といったところです。

屋根上に設置し、太陽の恵みを享受しつつ、パネルのおかげで部屋内の温度は数度下がる。自分で使う電気は自分で責任もって生産する。一年で一番太陽光がさんさんと照り付ける今日、改めてお日様に感謝しております。

さて、今日は父の日らしいですね。ウチの三人の子供たちは、オトウサマに感謝の気持ちをとどけてくれるのかしらねえ。

 佐野


by uneme_tayuu | 2020-06-21 13:47 | 暮らし暦 | Comments(0)

芒種号 -今日は旧暦閏 4月14日です-

きょうは旧暦の芒種。現代暦では6月に入り、2020年もすでに折り返し近くまで来ています。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、私の職場は4月半ばからテレワークが導入されて、約1か月間、平日の多くを自宅で過ごしていました。

業務自体はあまり支障がなかったのですが、日にちが経つにつれて、同僚との何気ない会話や、仕事相手とのやりとり、たまたま入ったカフェで隣の席の人たちが話題にしていたことなど、いかに自分が周囲の環境や人々から多くのインスピレーションを得ていたかに気づきました。

今の社会、そしてこれからの社会にインターネットは不可欠だけど、同時にリアルの大切さは変わらないだろうと感じています。

あとは余談ですが、テレワーク期間中、秋冬物の衣類をクリーニングに出そうとクローゼットから仕事用のジャケットを取り出したところ、ずっしりと重たく感じてびっくり!

テレワーク中、パーカーやカットソーなど動きやすい格好で過ごしていたら、スーツを着るのがすっかり億劫になってしまいました(笑)。

慣れは恐ろしいというか、人間って不思議なものですね。


(紘)


by uneme_tayuu | 2020-06-05 10:04 | 暮らし暦 | Comments(0)

小満号 -今日は旧暦 4月28日です-

「小満」

あらゆる生命が満ち満ちていく時期のこと。

太陽の光を浴び、万物がすくすく成長していく季節です。お蚕さんが桑の葉っぱをわしゃわしゃと盛んに食べ始める頃でもあるそうです。

私は幼少期に母の姉の家で過ごすときに屋根裏?で蚕を飼っていてそのわしゃわしゃという音が記憶があります。完全な昭和世代の話ですね。

そういえば桑の木も随分見かけなくなりました。

※歴生活というサイトを参考にしました。(なかなかわかりやすい歴説明でした)

https://www.543life.com/season-syouman.html

私の在住する三重県津市美里町では田植えを終えた田んぼから夕方近くから派手な蛙の合唱が聞こえてきています。

季節の移り変わりはいつもと変わら無い感じですが、人間の暮らしには大きな変化を迎えて先が見えない状況が続いていますね。

私はー

長く引きこもり生活をしています。(今週から多少動くようにはなりました)

たまたまですが三重の田舎、里山に住んでいるので「密」ということについては遠い存在なのですが、それでも集落の集まりなどは延期、中止の状態です。

引きこもることが多い=家で長く過ごす、ということになるのですが、移住してこんなにも長く家で過ごすのは初めての経験。と同時に自分の住んでる場所をよく見るようになりました。

移住している古民家の痛み具合や整理整頓、庭の伸びすぎた枝葉のこと、動かなくなって数年間そのままにしていた井戸ポンプのこと…

毎日居ることで見えてくるさまざまなこと。そして緑の木々に囲まれたいい環境であること。

生活空間のことをあまり見つめていないことに気づくと共に過ごしている空間の豊かな点も改めて見えてきました。

自分が持っている「資産」について改めて価値観に気づいている感じです。それは移住当初「大事」にしてきたことをいつの間にか忘れていて、もう一度再認識させてもらっているといっても過言ではありません。

そんな庭の様子を毎朝短い動画で撮影して「古民家Hibicoreの朝」というシリーズにSNSに日記のようにupすることもはじめました。

いままで撮影業という仕事柄いろいろな場所に向かうことが一つの生きがいであり使命でもある、と信じてきましたが、行き先をシャットダウンに近い状態にされることで自分の住んでいるところで新たに見えたり気づくこともあるのだと教えてもらっているようです。

今まで以上に配偶者と一緒に過ごす時間がかなり増加して生活について現状~今後について様々なことを話すことが多くなりました。

現在移住した古民家の環境整備を積極的に進めていて、庭木の剪定というか伐採作業もその作業の一部分です。

その枝葉を使って最近購入した竈(ロケットストーブのようなかまど)で焚きつけることも日々の日課の中に組み込まれてきています。

毎日が竈の会にある竈を使っているような感覚です。

家に居る時間も長いのでお湯を沸かしたりすることはもちろん、筍や蕗をゆでたり、炊飯をしたり、カレーを煮込んだり…

時間がある限り使用しています。今までだと可燃ゴミとして処分していた物で煮炊きができるのはゴミとなる物を生活の一部に使う、というところで精神的にも非常に良いです。

移住してすぐにでもできたことなのかも知れませんがこのタイミングでないとはじめなかったことなのかも知れません。とにかく火をたきながら話をしたりすることも含めて非常にいい感じです。(自分の家で出た枝葉を燃やして煮炊きをして、その灰を畑に蒔くなどする、というなんとなく自己完結できるのが気持ちいい点を助長している点はあると思います)

大げさなことでは無くて、社会使命でも無くて、社会正義でも無くて、誰にも頼まれているわけでもなくて、それでも自分の周りでできることをする。(あたりまえですが)

どこが? とか、だれが? とか、どこのくにが? とか、そういう「よそ」のことを意識したニュアンスで無く、自分の立っているところで考える。できることをする。

そんなちっぽけな「自立」とも呼べないような小さなことを重ねていくことで感じて見えてくる、「わたしは生きている」という感覚。

今回の「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)」という存在が里山に住む私に考えさせるきっかけを与えてくれたのだと思うようにしています。(別にCOVID19のことをありがたがっている訳では無いので、念のため)

そんなことが最近の松原家の暮らしです。さて皆さんはどのように過ごされていますか?

今週あたりから三重県内では多少なりとも動けるようになってきたので、いつもの銭湯に久しぶりに足を運びました。湯船に浸かって開放感に包まれました。

さてその銭湯ですが少しこの場所を借りてお知らせです。日本カメラという月刊カメラ雑誌があるのですが520日本日発売、6月号にその三重県の銭湯を撮影しているLocal public bath Sento”というシリーズが8Pでカラーページ掲載しています。

https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9-2020%E5%B9%B4-6%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B087LH67BC/ref=as_li_ss_tl?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9&qid=1589920431&sr=8-2&fbclid=IwAR1PJlp66pJfMY5MJ-5BBmcJ8zQxkEsrIKJvDBskYmCGVPBoioIDEZEEy7w&linkCode=sl1&tag=office369-22&linkId=2daf4fcbae8693e324a2959e332112ff&language=ja_JP

少しずつ生活が改善されえることを祈りつつ、少し注意しながら日常を過ごして参りましょう。

写真師松原


by uneme_tayuu | 2020-05-20 13:07 | 暮らし暦 | Comments(0)

立夏号 -今日は旧暦 4月13日です-

~立夏~

先日、家族で祖母の二十三回忌の法要を行いました。

父が出てから私に引き継がれるまでの三十数年間、今の竈の家を一人で守り続けた人です。

この世を去ってから二十年以上が経ってしまったのですね…。私も歳を取るはずです(汗)。亡くなったのが昨日の事というより、まだ生きているようにも感じられるのは、今でも当たり前のように祖母のことが姉弟で語られるからでしょうね。それほどにインパクトの強い人でした(弟曰く、私の言動がそっくりなのだそうです(?))。

法要は故人をしのび冥福を祈るためのものですが、法要よりも何よりも、長い時を超えて語り継がれることが、故人への一番の供養だと考えると、祖母の晩年は淋しかったのではないかと思い巡らすこともありましたが、案外幸せな人生だったかもしれません。

ところで、問題は祖母の残した遺品です。今日に至るまで、着物や洋服などの衣料品、愛書、蔵書に、古い写真や手紙に手帳まで。もっと言えば、普段使いの食器から接客用の揃いの漆器などなど。日常のこまごまとしたものが、竈の家の押入れや納戸、ツシ2階などに、手つかずのまま、今もひっそりと眠っているのです。

先日「感謝離」という言葉を知りました。大切な人との思い出の品を「ありがとう」と頭を下げながら整理したことを「断捨離」にあやかって名付けた言葉だそうです。

いつかは処分されてなくなってしまうものならば、所持していた人物の人となりを知っている人が感謝を込めて手放すほうが、見ず知らずの他人に処分されるより、どれほど良いか知れません。

今はステイホームを余儀なくされている時期。家のお片付けを始めた方も多いのではないでしょうか。私も今を逃しては出来ないような気がしています。重い腰を上げて、家の中のお片付けに、本格的に取り組んでみようと思います。

By かまど管理人


by uneme_tayuu | 2020-05-05 22:09 | 暮らし暦 | Comments(0)

穀雨号 -今日は旧暦 3月27日です-

 【穀雨】

「二十四節気」という言葉を知り意識するようになったのは、竈の家に関わるようになってからです。もともと知っていた「立春」「春分」「夏至」などの言葉が季節を表しているのというのはなんとなくわかってはいたものの、それらが一年で二十四もあり、全て漢字2文字で表現されていて、それがどういう状態の季節なのかを見事に表現していることに驚きました。

さらにその「二十四節気」を約5日ごとに3つに分けた季節の表現が「七十二候」、5日で季節が変化し、それを感じ取り、命名するなんて、なんてきめ細やかな感性なのでしょうか。

今日から始まるこの「穀雨」の期間は、「葭始生(あしはじめてしょうず)」「霜止出苗(しもやみてなえいずる)」「牡丹華(ぼたんはなさく)」の3つに分かれるそうです。

確かに、家や職場の周辺のたんぼには水が入って田植えの準備が進んでいることがうかがえますし、庭の牡丹の木もつぼみがだんだん膨らんできています。

先週の休みは、母親が育てている庭の花の写真をいろいろと撮ってみました。平日は玄関と車の往復だけで全く意識がそちらに向かないのですが、あらためてゆっくりと家の周りを見てみるといろんな種類の花や木があり、結構な撮影枚数になりました。(スマホのカメラですけどね。)

お出かけを予定していたイベントが次々と中止になり、外出の自粛が呼び掛けられ、ウイルス感染拡大は止まらず、様々なことでストレスを感じる日々ではありますが、普段とは違う時間の使い方を模索しながら心穏やかに過ごしていきたいと思っています。

そして一日も早くワクチンや薬が開発されこの事態が終息に向かいますように。

 千鶴子


by uneme_tayuu | 2020-04-19 11:02 | 暮らし暦 | Comments(0)

清明号 -今日は旧暦 3月12日です-

本日は二十四節気のひとつ、「清明」です。

「清明」の季節というと、

「万物がすがすがしく明るく美しいころ。」(Wikipedia

水ぬるみ、桜は咲き、梅は香るこの外遊びに行きたくなる季節ですが、さて、今年はそういった気分になりません。

私の住む三重県鈴鹿市も、感染が確認され、最初の一人から、複数の感染者が確認された模様だというデマが広がりました(デマかどうか、定かではないけど)

そこかしこから聞こえてくる噂は、

・どこそこの飲食店にて食事

・大きいショッピングセンターで買い物

・どこどこ小学校の生徒が参加し、感染  等々

でした。出所不明の噂話なので、私は一蹴しましたが、まことしやかに広がる話に、鈴鹿市という小さい街は揺れ動きました。

ウィルスで新型肺炎に罹る以上に、人の噂のネタになるほうが怖いもんです。

事、こうなってはまずは、自己防衛を徹底するしかありません。

が、とはいえ、家族と従業員の生活を守らなければならないのも事実。

やれることを無理せずに、暗くならずに取り組んでいきたいと思っています。

我が家は、長男が大学進学、長女が高校進学、という新しい生活が始まる4月。まだ、入学式の有無や日程さえわかりませんが、それでも期待に胸を膨らませ、それぞれのステージで大きく成長してほしいと思いつつ、早くこのコロナ渦が去ることを強く祈っています。

 佐野


by uneme_tayuu | 2020-04-04 16:33 | 暮らし暦 | Comments(0)

春分号 -今日は旧暦 2月26日です-

きょうは二十四節気の「春分」。いつもの年ならば、卒業式を終えた羽織袴姿の女子学生などを街で多く見かけて、春の別れと新しい出会いを思い起こさせる時期ですが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大でそのような姿も少なく、寂しさを感じます。

かまどメールをお読みの皆様の中には、いわゆるコロナショックで日常生活やご商売などが大変な状況になっている方もおられるかもしれません。経済分析に少々携わる仕事をしている身としては、ウイルスという、今のところ全容が見えないものが経済や社会に及ぼしている打撃や不安の大きさにショックを受けていますが、長い時間軸で考えれば、明けない夜はない。自分も落ち着いて頑張っていきたいと考えています。

つい先日、田舎の母親に電話をしたところ、普段人の集まる場所へ出かける機会がほとんどないはずの母親が「最近少しずつ外へ出ている」とのこと。ただし、これは春が近づいてきたので畑や庭先に出るようになったという意味で、自宅前の畑の土手でナズナを採るのが近ごろの日課だという話でした。その都度、父と母で食べる分だけ採って、すぐにおひたしにしてご飯のおかずにしているといい、うらやましい限り!

「今年はナズナが豊作なのよ」という電話越しの母親の言葉に、どんな時でも春になれば芽吹き、花を咲かせる自然の偉大さを実感した次第です。


(紘)


by uneme_tayuu | 2020-03-20 18:49 | 暮らし暦 | Comments(0)

啓蟄号 -今日は旧暦 2月11日です-

啓蟄(けいちつ)

二十四節気(にじゅうしせっき)の1つで、「土の中の虫がはい出すころ」という意味が込められています。

モゾモゾ動き出してくるイメージですね。

この啓蟄の前あたりから毎年恒例の花粉症が出てきます。先日も出張先で銭湯に出かけて風呂上がって着替えをしているとすぐにくしゃみが出始めました。着替えに花粉がついていたのでしょう。新型肺炎のこともあるのでできるだけ我慢をしようとするのですが、こればかりはどうしようもないのでタオルを当てて対処しました。例年よりも更に気をつけることが増えるのはストレスですが風呂屋でそのあたりをほぐしています。

新型肺炎についてさまざまな情報が行き交うなか、3月開催予定のグループ展を無期限の延期することにしました。決定するまでに参加者の方々とのさまざまなやりとりがあり、そこでいろいろな考え方があることを知れたことが一番重要だったと感じています。中止や延期になると「そんなに大げさにすることなのか?」との声も聞こえてきそうですがそのような決定までには様々なプロセスを経て決めている場合も多いと思います。

これはあくまで、個人の意見ですが、開催、延期、中止、いずれの決定としても、きちんと話し合いをして、自分たちで考え、自分たちの尺度で決めることが大切なのだと感じています。

(ちなみに4月の個展は個人の展覧会ですので予定通り開催しようと思います。)

皆さんはどのように感じているでしょうか?

私事にはなりますが、

20数年担当してきた専門学校の非常勤講師をこの2019年度をもって一区切りすることにしました。

今までたくさんの学生さんと接しながら「人」ということについて学ばせてもらったと思います。

規模を縮小して開催される卒業式に今年巣立っていく学生達と共にかなり歳をとった私も軽やかに? 巣立ちたいと思います。

ありがとうございました、の言葉を添えて。

新型肺炎の一日でも早い終息を願います。

 写真師松原 


by uneme_tayuu | 2020-03-05 09:23 | 暮らし暦 | Comments(0)

雨水号 -今日は旧暦 1月26日です-

今日「雨水」は、張っていた氷が解けて水となり、降る雪も次第に雨に変わる頃という意味で、1、2月の間お休みだった農作業の準備を始める目安とされていました。なのに、どうでしょう!?暖冬の今年は大寒の頃でさえ暖かく、雨水直前の今になって漸くの寒さ、ちらほら雪まで舞い始める始末です。

暖かさに慣れた身体には、厳しい寒さが身にしみます。

さて、世間は新型コロナウィルス関連のニュースで持ち切りですね。

先週の土曜日に用事があって大阪へ出かけたのですが、普段なら人込みで歩行困難な通りが、混雑しているとはいえ普通に歩けました(笑)。

代りにたくさん見かけたのが「がんばれ武漢!」の看板です。中国からの観光客は相当数減っているようで、通りに人の姿はあるものの、ガランとしているお店のなんと多いことか!インバウンド消費を期待した飲食店やドラッグストアなどは大打撃です。こういう時には、大口顧客一辺倒にならず、小さな仕事をコツコツこなすことの大切さが、これまた身に沁みます。

ところで、この新型コロナウィルスの集団感染に対する政府の対策の遅れや対応のまずさ、感染拡大を防ぐための通達の判りにくさなどに、様々な批判が起こっています。解決策なき批判はあまりしたくない私ですが、一つ気になったのが「不要不急の外出は控えて」というコメントです。不特定多数の参加が見込まれるイベントが中止になるのはやむを得ないでしょうし、実際に体調の優れない人が仕事や学校を休むというのは適切なことだと思います。しかし、健康な人が、自身の判断で外出することにまで、政府の通達が必要でしょうか?

前出の大阪市内のようなことが他の観光地でも既に起こっています。今以上に人出が減ることになれば、個人消費はますます低迷、日本経済にも打撃を与えかねません。

考え方は人それぞれですから、通達を妥当と考え、私の危機管理意識の薄さを心配する方もあるでしょう。大切なことは、流されずに、自身で考え責任を持って行動することなのだと思います。

 By かまど管理人

*手洗いやアルコール消毒、マスク着用など感染対策は怠りなく、どなたも御身大切にお過ごしください。


by uneme_tayuu | 2020-02-19 11:00 | 暮らし暦 | Comments(0)

立春号 -今日は旧暦 1月11日です-

【立春】

それは去年の1225日、クリスマスの夜のことでした。

残業でいつもより帰宅が遅くなり、疲れた頭で何を考えるでもなく家に向かって車を走らせていました。家まであと5分少々という所まで来て、とあるコンビニの横を通り過ぎる時、そこの駐車場に立ててある宣伝用ののぼりが目に入りました。そののぼりに書かれていたのは……

「恵方巻」

え!? 今日クリスマスなんですけど? クリスマスの次はお正月でしょ??? なのにコンビニ業界では「恵方巻」?

まあ確かに、クリスマスの夜にケーキの宣伝をしているようでは遅いですし、おせちも予約販売商品ですから既に受付を締め切っていてもおかしくないわけですが……販売戦略とはいえ、お正月が来る前から節分の宣伝、鬼が笑うのでは? なんて思ったりもして。

恵方巻と言えば、売れ残った商品が大量に廃棄されたというニュースが大きく取り上げられ、政府からも適量販売に努めるようメッセージが出されていましたよね。それに対する取り組みの一つが予約販売であると考えれば、年末からの宣伝も仕方ないのかなぁと思いつつ、季節感のなさになんだかなぁという感じもします。

節分に恵方巻を食べるという風習は、私が子供の頃は、少なくとも私が住んでいる町にはありませんでした。それを知ったのは20年ぐらい前からでしょうか。寿司業界の宣伝効果、イベント・お祭り好きな国民性(?)、インターネットの普及により情報の拡散が容易になったことなども全国的に広がった要因なのかな、と思っています。

うちも世の中の流れに乗せられ、いつの頃からか節分には太巻きを食べるようになりました。が、丸かぶりは食べにくいので切って、恵方に向かず食卓を囲んで、会話しながら食べます。全く恵方巻スタイルではありませんね()、じゃあわざわざ太巻きを食べなくていいんじゃないの、とも思いますが、そこは季節の行事を大切にしている人たちの思いに敬意を払って、ということにしておいてください。

 千鶴子


by uneme_tayuu | 2020-02-04 14:08 | 暮らし暦 | Comments(0)