2018年 06月 06日 ( 1 )

芒種号 -今日は旧暦 4月23日です-

先日、姪が通う小学校の運動会を見に行きました。

自分が小学生だった当時(昭和50年代!)とは随分様子が違い、そこから当時の記憶が断片的ではありますがいろいろと呼び起こされました。

以下、目にした出来事やそれについての思い出などを書き出してみますね。

・生徒の観覧席に日よけのテントが張ってある。

 →熱中症対策&紫外線対策でしょうか?今の子供は大事にされていてうらやましいです()

 →自分の時代は、今ほど暑くはなかったかもしれませんが、もちろん日よけなんてありません。みんな日射しにジリジリと焼かれていました。

・生徒はそのテントの中で椅子に座って観覧する。

 →屋外用の椅子が備品として存在するのかと思ったら、各人の教室の椅子を持ち出して並べたそうです。3年生の姪は「教室が3階だから大変だったよー」と言っていましたが、観覧中の快適さを思えばそれぐらいは、ねぇ()

 →自分の時代は、地べたに体育座り。立ち上がるとみんな白くなったおしりをパンパンとはたいて、すごい砂ぼこりが巻き起こっていました。

・父母の観覧席として自治体毎にテントが用意されているが、それを利用せずに自前の日よけテントを張っている家庭が多数あり。

 →以前見た光景(10年ぐらい前? もしかしたらもっと前かもしれませんが)は、パラソル付のテーブルがたくさん並んでいたような気がするのですが、時代は進化しているんですねぇ。みんな立派な日よけテントを張っています。ここの小学校は前日17時から場所取りが始まるそうですが、早い人はお昼頃から並び始めるそうです。

ちなみにうちは、みなさんが自前のテントを張るようになったおかげで、空いている自治体のテントをゆったりと使わせていただくことができました。

 →自分の時代は、一学年で約200人、小学校全体で1000人以上の児童がいましたが、それがみんな自治体のテントに分かれてお昼を食べていたのですから、正直どうやって座っていたのだろうと思います。テントには当然、朝から孫を応援するおじいちゃんおばあちゃんや、お弁当を一所懸命作ってくれたお母さんたちがいるわけで。お弁当も今よりは大家族が多かったと思うので、みんな大きなタッパーや重箱を並べていましたね。

ただこの頃は、お父さんは少なかったような気がしなくもありません。

うちの父親も運動会を見に来ることはなかったような?

・運動会のプログラムがゆったりと組まれている。

 →というか、プログラムがめちゃくちゃ少ない感、ありありです。各学年、徒競走はありますがリレーがありません。6年生だけは選抜リレーがあるようですが。姪の学年は、徒競走・クラス対抗競技・ダンス(2学年合同)でした。

 →自分の時代は、徒競走・全員リレー・選抜リレーは低学年でも必ずあったと思います。それに加えてクラス対抗競技があったり、学年によっては組体操があったり。相当タイトな時間配分だったのでは。先生も大変だっただろうなぁ。

しかし一番大きな違いは「運動会が年1回しかない」ということでしょうか。

自分の時は、「春の小運動会」「秋の大運動会」がありました。春は平日開催/徒競走とリレーのみ/父母の観覧テントなし(生徒は弁当持参)、だったように思います。

義務教育が週休2日になり、限られた時間の中で何を選び何を捨てるか。詰め込まないという意味での「ゆとり教育」という言葉がありますが、自分の時代はもっと学校教育に時間をかけることが出来たという意味でゆとりがあったのだなぁと思います。

姪から見に来てほしいと頼まれて出かけた運動会でしたが、懐かしい記憶がよみがえったり、またそれについて母親と思い出話をしたりと、競技の観覧とは違った面でも楽しめた一日でした。

 千鶴子


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by uneme_tayuu | 2018-06-06 09:50 | 暮らし暦 | Comments(0)