穀雨(こくう)
穀雨は、二十四節気の第6番目。田畑を潤し、穀物の成長を促す春の雨のこと。 雨の多い節気です。 日ごとに草花も野菜も、初々しく、青々とした葉を空に向かって伸ばしはじめます。 この時期は「行く春」という言葉でも表現されるように、過ぎゆく春を惜しむ頃。
と出てきました。
私の住む三重県津市美里町の里山でも田んぼに水が入りはじめています。田んぼに水が張られていく前に耕した土の部分が黒く湿り気を帯びてくるので今年も田植えの時期がやってくるのだなあ、と視覚的に感じさせてもらう時期でもあります。
今夕暮れにこの原稿を書いているのですが蛙のゲロゲロ鳴き声が良く聞こえてきます。それにしても今日は暑かった。太陽は沈みましたがまだ網戸でちょうど良い感じです。
穀雨の日の前日に東京から小、中学校時代の同級生が奥さんとお父さんと一緒に築80年の古民家を訪ねてくれました。同級生とは結構会う機会もあるのですが、84歳のお父さんとお会いするのはコロナ禍になる以前でしたので随分久しぶりの再会となりました。このお父さんは私の小学校時代に
白黒写真の魅力をたたき込んでもらった「師」になります。学校帰りに同級生宅にお邪魔して「暗室」と呼ばれる赤いランプの灯る部屋で写真の化学的プロセスと写真プリントのテクニカルワークを覚えさせてもらいました。同時に「記録写真」という存在と意味についても教えを受けました。私の写真表現の「楚」はここで誕生したといっても過言では無いと思います。私と写真を結びつけてくれた「縁人」の元気そうな顔を見ることができてほんとに良かった。会える時期が来てほんとに良かった。
2021年7月、コロナ禍のなかで築80年の古民家Hibicoreを使用して開業した農家民宿、今月は中国からの御夫妻が滞在、来月は、ハワイと韓国からのお客さんが訪れてくれます。多言語話せる能力が「今は!」ありませんので翻訳機を使いながら対応している状況です。ほんとに文明に助けられているなあ、と実感しています。翻訳機がお互いの言葉を訳する間に生じる微妙な合間 (翻訳機が変換を考える時間のこと)を微妙に感じながらも生活レベルの会話のやりとりは案外出来るようです。訪れてくれる方々に私の暮らしている里山そのものの魅力を伝えられるように「足し算」ではなく「引き算」をしながら魅力を伝えてゆく工夫をしていきたいと感じる日々です。
新暦ではまもなくGW。皆さんはどのように過ごされますか。
写真師松原