立秋号 -今日は旧暦 8月30日です-

今日は秋分。
個人的な事情ではありますが、
今年はちょうど、
鮎捕りの最後の解禁日と重なりました。
去年の冬から狩猟採集生活に
足を突っ込むようになったわたくし、
本日の日中は川に入っておりました。
原稿配信が遅くなり申し訳ありません。

自然の中に身を置いていると、
山の生き物、川の生き物、
冬に備えて、いろいろと準備をしていることを
実感します。

夏前から始まった鮎捕りも、
鮎は今はおなかに卵をたくわえ、
繁殖の準備をしていました。

鮎は「年魚」とも呼ばれ、
一年ごとに世代交代するいきものです。
なので、捕りにいくたび、「カンジ」が変わっています。

はじめは、ちいさくて、骨もやわらか。
徐々に体が大きくなり、身がしっかり。
そして、卵、白子をたくわえ、成熟したからだに。
そのあとは、これからのことですが、
繁殖を終えて、いわゆる「落ち鮎」になっていきます。

人間のスケールでは「一生」は
50年~のイメージですが、
鮎にとっては、一年間のこと。
一年草の植物たちと同じサイクルですね。

鮎捕りを通して、そんな「人間の尺度では違ういきものの
時間のサイクル」を考える機会が多くなりました。

種族が違うのですから、ヒトとして生きるうえで
直接的な関係はないかもしれませんが、
「自分とは違う他者」という感覚を意識するのに
このような自然との関わりの中で、
いい機会を多くもらっている気がします。

個人をしのぶ「彼岸」と重なる「秋分の日」が、
自然のサイクルの中で生きるいのちたちの
「次世代の準備」をする時期と時を等しくすることと
つながる意味を感じざるを得ない気持ちになっています。

……物議を醸す言いようではであろうとは
重々、思いますが、
わたしがこのような環境に身を置く中で、
長年「狩猟採集生活」になじんできた人のことばで
私の心に深く響き、多くの示唆のきっかけになった
ことばがあるので、あえてご紹介します。

「殺生は、結局、楽しい」。

「趣味としての釣り、ハンティング」とは違う、
現場に長く身を置いて、そして
本能と向き合う暮らしの中で結実したことばとして
多くの示唆を含むことばとして響きました。

「現場」に身を置くことという
バックグラウンドについて思う日々です。
願わくば、多くの『同士』がいるといいな、と
思う日々です。
機会があれば、思い出していただければ
うれしいです。

emix
by uneme_tayuu | 2014-09-23 21:40 | 暮らし暦 | Comments(0)
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