贔屓役者
「お若いのに、お好きなんですの?」
わき目も振らず、かぶり付きで観ていたので気づかなかったが、お隣のご婦人だ。 「いえ、まだ最近なんです。」 若いといえる部類にはもうないと思っていたが、なるほど、私もまだ青いな、そう思わせる年代の方だ。 「若いうちから文楽がお好きだなんて感心ねぇ。」と会話を始めておきながら、私に興味があったわけではなく、相手が欲しかったようだ。 黙って頷いていると昔懐かし話をよく喋る。国立劇場がまだ日本橋に開場しておらず、四ツ橋の文楽座で興行していたころからの贔屓だというから年季の入りようも違う。なかなかに貴重なこともご存知の様子なので、しばらくは有難かった。 が、こと蓑助のこととなると、事情は一変だ。 「蓑助もねぇ、あの人病気したでしょ。今はもう手も震えてるし、観てられないけど。 昔はスッとした男前でねぇ、そりゃ格好よかったのよ!」 「あら、私、蓑助見に来ているんですの!今でもメチャ格好いいと思うんですのよ!!」 「あなたもね、はやく男前の若い人見つけると、楽しくていいわよ!」 「あら、私、もういるんですの!蓑助ですの!!」 ・・・・・・・・・・・・ 残念ながら、心で叫んだだけだ。 だって、それが実にだってなのだから・・。 【吉田蓑助】 昭和8年8月大阪生まれ 昭和15年6月 三代吉田文五郎門 呼名小辰 平成6年人間国宝。 7年前の平成11年11月、『一力』のおかるを遣った直後、脳内出血で意識を失う。 猛リハビリの成果で舞台復帰は果たしたものの、言語障害が残る。 復帰から5年。 動かす手がどことなくおぼつかなく見えるときもある。 そんな国宝級の年寄り病人を、私が?? もちろん、若い太夫などで贔屓にしてよいと思える人が探せないわけではない。 けれど、私は蓑助に惚れたのだ。 初めて舞台を観たとき、蓑助に遅れなくてよかったと心底思ったのだ。 だからせっせと通う。 蓑助の一挙手一投足、あと何回観ることが叶おうか。忘れないように。 目に焼き付けるために。 人形と同時に蓑助の顔を追う。動きを追う。掛け声に反応する。舞台と客席が交錯して自分が判らなくなる。 そんな気持ちにさせてくれたのは今のところ蓑助だけだ。 歌舞伎や新劇では得られないような一体感を私は文楽で初めて感じることができた。 これもまた蓑助のおかげだ。 だからまた通う。 7月も11月も来春も。せっせと通う。通う。通う。通う。 蓑助が舞台を降りるその日まで。 贔屓役者(蓑助の場合は人形遣いだが)に、歳も病気も関係ないと思う。 探さずとも出逢う。それが出逢いの本質といえる部分だ。 いまは本当に、『蓑助』が面白い。
by uneme_tayuu
| 2006-04-29 18:10
| 雑
|
Comments(5)
そうおもいますよ☆
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「お若い」のにお好きなんですね(笑)。
いつぞやに○スダ邸で呑んだときのことを思い出しました。
ああ!文楽!!
私も、高校時代に淡路島で文楽を観て以来、好きなのです! 私の贔屓は「吉田玉男」氏。言わずと知れた人間国宝ですが、 出会いは91年、大阪国立文楽劇場で観た『壺坂観音霊験記』。 人形遣いはもちろんのこと、その立ち居振る舞いと佇まいに 惚れました。 最近はやはり体調不良で休演されているようですが、ぜひ、 もう一度、玉男氏の舞台を観たいと願っております。 また今度、文楽の魅について話しましょうね〜。 ![]()
magunolia_treeさん、91年とはまた古いですね。私は去年末からなんで、そうです。玉男は観ていないんです。できることなら復活した舞台を観てみたいものです。
でもまたそれで玉男に惚れてしまったら、実は若い子が好みといっても誰も信じてくれなくなるでしょうね。 棟梁の家で、windyさん他仲間の皆さんに「じじい」趣味をからかわれたこと思いだします。 でも、本当によいものはよい。舞台を観たら認識が変わります(と信じたい)。 今度ぜひ語り合いましょうね!話たいことがいっぱいです。
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