<   2007年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

悲しき宣告

チョコちゃんはチャコちゃんの生まれ変わり♪
チョコちゃんはチャコちゃんの生まれ変わり♪♪
チョコちゃんはチャコちゃんの生まれ変わり♪♪♪

ずっとそう信じ、
愛猫に昔愛した猫の面影を探し続けていた私。

その悲しい過ちに気がついたのは、忘れもしないあの日、あの時、あの瞬間。
そう、愛猫が不治の病にかかっている事実を知ったとき。
愚かだった・・・。
二年以上もともに暮らしながら
こんなに可愛いこの猫を、どうして私はちゃんと見てこなかったのだろうか?

ゴメンね、チョコちゃん!
ゴメンね、チョコちゃん!!
ゴメンね、チョコちゃん!!!

失意のどん底で私は愛猫に謝り続けた。
f0044728_16371827.jpg

[PR]
by uneme_tayuu | 2007-01-28 16:52 | 愛猫 | Comments(0)

生まれ変わり

「だれかネコ飼ってくれる人、おらん?」
ある朝教室で、サカタくんがみんなにそう話しかけていた。

ネコ!

その言葉の持つやわらかな響きに反応したのは、私だけではなかったはずだ。
けれど、その一瞬の、ほんの僅かに微笑んだかもしれない私を、彼は素早くみつけて
こう言った。
「あ、猫もらってくれるん!?」

「あかんよ、ウチもう猫居るもん!」
「なんでー、居るんやったらもう一匹飼ってもええやん!」
「あかんよー、他の猫連れてったら怒るやん!」
「なんでぇ!!」
そんな会話だった。
それで終わりのはずだった。
それなのに・・。
道草をして帰ったわけでもないのに。
朝以外で一度も猫のことに触れなかったくせに。
それまで一度たりとも私の家に来たことなんかなかったくせに。

サカタくんはその日、私よりも早く、自転車の荷台に子猫を入れた段ボール箱を積んで
私の家で私の帰りを待っていた。
そうして段ボール箱から取り出した子猫を、私の腕にひょいと抱きかかえさせ
何食わぬ顔をして、さっさと帰って行ったのだ!
その捨子の子猫を抱きかかえた私を、飼い猫のチャコが黙って見つめていた。

その夜だったのだ。
私の目の前から、チャコが忽然と姿を消してしまったのは!!

何故だかわからなかった。
いつだって分かり合えていたじゃない!?
置いていかれた猫は見向きもせずに、夢中で探し回った。
幾日も幾日も待ち続けた。
けれど、その日以来、チャコが私の元に戻ることはなかった。

小学校に上がる前、近所の八百屋さんからもらった猫だった。
当時人気のテレビ番組「チャコねえちゃん」が好きだった私は
もらった猫を「チャコ」と名づけ、その日からずっと一緒の時間を過ごしてきた。
庭で遊ぶとき、縁側で本を読むとき、いつも隣にチャコがいた。
・・・
母が夜、見回りに来る。
チャコが私の布団から見つかると必ずひっ捕まえて外に放り出した。
「夜寝ることだけは許しません!」
だけど平気だった。出されても出されても、どこをどう登ってくるのか、二階にある私の部屋の、二つある窓の、高い方の窓の外側に、チャコはしばらくすると戻っていた。
背伸びをして高窓を開け、ふたたび抱き入れる。
そうしたことを繰り返していた幼い日の夜。
それだけで満足だったのに、
それだけで幸せだったのに、
その日、私は、そんなささやかな幸せに見放されたのだ。


昭和40年代初頭の新築の家のステイタスは、障子建具や衝立で仕切られた大部屋仕様の家から、壁を間仕切りで区切った「個室のある家」だったろうか。
小学校入学からほどなく新しい家が建ち、同級生の誰一人まだ持っていないような子供部屋を与えられた私は、その日から夜一人になった。
大きなベッドに一人の小さな私。
淋しくなかったのは昼間と同じように愛猫がそばにいてくれたからだ。

***
あれから何十年という歳月を隔てた今
あの頃と同じように毎夜横で眠る愛猫に
ときどき私は聞いてみる。

「ねぇ、なんであの時、何も言わずに出て行ってしまったの?」

すると愛猫は、丸い目をさらに丸くして私を見つめ、瞳の奥でこう言うのだ。
「何でそんなこと聞くの?また出逢ったっていうことだけで十分じゃない!?公園の暗い駐車場で、あんたはあたしが昔チャコという猫だったことに気づき、あたしもあんたがあのときの女の子だとわかったから、あんたはあたしを捕まえようとしたし、あたしもあんたに捕まったの!それ以外になにが必要だって言うの!?」

そうなのだ。
過去のことはもうどうだっていいのだ。
肝心なことは今こうしてまた一緒の時間を過ごせているということ。
すっかり大人になった私にもチョコ(チャコ)は変わらず優しかった。
私は、ささやかな幸せを、あの日以来、取り戻していた。

f0044728_18465448.jpg
               (幼き日、わかめちゃんカットの采女太夫)
[PR]
by uneme_tayuu | 2007-01-21 18:56 | 愛猫 | Comments(2)

第7回かまどの会

「竈の会」はじまって以来の盛大な会だった。

半年振りの開催であり、新年会でもあったこと。
試みの企画中村昌弘氏による「木の家づくり」講演が開催されたことなどもあって
家中が、人、人、人であふれていた。
子供達の笑い声や叫び声、泣き声までもがそこかしこで聞こえていた。
予想もしない人が参加してくれたり、思わぬ人が立ち寄ってくれたり、
冬の寒さを感じさせないくらい大勢の人で賑わう、暖かで幸せな一日だった。

建具を外し二間続きで食卓を準備したのも初めてだ。
f0044728_0215683.jpg

ところで、
おにぎりがきっかけで始まったこの会は、基本的には、竈を囲み竈で炊いた握り飯を楽しむ「かまどで飯炊こう」の会なのだが、
回を重ね、人が増えるごとに食卓が豪華になっている。
ふと考える。
それはごく自然なことなのだろうか?と。
もちろん、豪華といっても高級な食材という意味ではない。
食卓にのぼるのは、旬の食材を使った竈で手軽にできる料理と持ち寄られる差入れだけである。
差入れも、時には地域の特産品や銘酒であったりするが、おおむね地場で採れた採れたての野菜やお肉、手作りの一品、或いは頂き物、家にあったもの、と
この日のためのとっておきであり、この日のために仕込まれた品々ではあるが、
誰かが特にお金をかけているというものでもない。
f0044728_0224323.jpg

昔の造りの小さな流しと狭くて暗い竈での調理は、お年寄りでなくとも大変なのだから、差入れは大いに歓迎されているし、助かるのだが、こちらから要求しているものでもない。
それでも、誰彼となくそれぞれに心をこめて手渡してくれるのは、気心の知れた仲間達と、懐かしくゆっくりした時間の流れの中で食を楽しみたいと考えるからだろう。

食は人間の一時的要求であり、食の楽しみは人生の楽しみでもある。

だが、ちょうど2年前の最初のきっかけを知っている私は、舌鼓を打ちながらも、
ふと我に返り、どうしてこんなことになってしまったのだろう?と、そっと苦笑いしてもしまうのだ。
それは、集った数人が竈をかこみ、竈と対話をし、試行錯誤の上炊き上げた本当に真っ白なご飯だけを、竈の神様に感謝しながら頬張ったあの日を、忘れられないからかも知れない。


人が増えれば自然と流れも変わるし、楽しみ方も変化する。今回のような大人数になれば全員で竈を囲むこと自体が不可能だ。
ただ食べるだけの人が居たり、話込んでばかりの人が居てもいい。
思い思いに過ごせる空間が竈の家のよさなのだから。
幸せなことに竈に集うメンバーには料理好き、おもてなし好きが多いので、狭い竈以外のあちこちで思い思いに料理する人も見かけたりする。
f0044728_021253.jpg

人がどんなに増えたとしても、入れ替わったとしても、都度の献立に困ることはなさそうだ。

今回ほとんど料理らしい料理のお手伝いをしなかった私は、差し出される品々を少しずつ順番に平らげながら天邪鬼にも心の中でつぶやいてみた。
「おにぎりとお味噌汁だけでも十分満足なんだけどね!」と。


参考までに今回のMENU
・むかご炊き込み竈ご飯のおにぎり
・牡蠣竈ご飯のおにぎり
・かまど冬瓜汁
・山梨県内で撃ち落とされた鹿肉のシチュー
・地場産菜の花のお浸しゴマ和え
・差入れ黒豆煮
・差入れ卯の花
・鈴鹿名物ひの菜漬け
・七輪で焼く猪肉のあぶり焼
・ダッチオーブンでつくるオイル・フォンデュ
・静岡名物富士宮焼きそば
・長野県産無農薬の赤米玄米竈ご飯
・手作りアップルパイ
・小豆からじっくり煮込んだ善哉
・九州名物ゆべし

その他に、食し切れなかった差入れの「お豆腐」、子供用お土産の「ニッキ水」「ボンタン飴」、沖縄銘菓「ちんすこう」、四日市銘菓「永餅」、変わったところでは「みたらし味のグミ」などなど。
[PR]
by uneme_tayuu | 2007-01-15 23:58 | かまどの会 | Comments(10)

哀傷

あくる年を待たずしてみまかりける愛猫を悲しみて
晦日夜詠める

  悲しさの いとどまされる 野辺送り
           けふを限りの 今年なりせば 


寝て起くる朝詠める

  別れにし 猫は居べくも あらなくに
            いかでことしの 春ぞあけぬる 
                                      ・・・・・ 采女太夫
[PR]
by uneme_tayuu | 2007-01-08 10:46 | 愛猫 | Comments(2)