カテゴリ:雑( 8 )

新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。
今年も竈の会ならびに竈の家をよろしくお願いいたします。

寒いお正月でしたね。
皆さん、どのように過ごされましたか?
私は、大晦日に思い立って(正確には30日の夜湯船に浸かりながらですが)
おせち料理を作りましたので、二日間、おせちとお雑煮だけで過ごしました。
さすがに飽きてきますが作った責任上食べ続けておりました。

そうですね、昨年一番変わったことといえばおさんどんをするようになったことでしょうか?
必要に迫られるとするようになるものですね。
畑仕事にも手を染めてしまいました。
さすがに一年目は失敗も大きかったですが、今年はこのお正月休み中に年間計画をたてて手順よく、収穫物を無駄にしないつもりで頑張ります。

竈の会は、例年通り、年6回程度開催を予定しています。
秋には、昨年同様うつべ地区のウォーキングイベントも開催します。
その他にも地域のみなさんに竈の家を開放できるような催しができないかなどと
いろいろ考えておりますので、よいお知恵がありましたら拝借させてくださいませ。

三が日が過ぎればすぐ「小寒」がやってきます。




〔おせち料理〕
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・伊達巻
・海老
・鰤照り焼き
・だし巻き卵
・酢れんこん(2種)
・牛肉の八幡巻き
・とこぶし
・たたきごぼう
・甘鯛の塩焼き
・干し柿
・菊花かぶ
・黒豆
・なます
・栗きんとん
・数の子
・里芋の煮付け
・かまぼこ
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by uneme_tayuu | 2010-01-02 21:32 | | Comments(0)

雛の日

「雛の日や けふ生まれしわれ 子供好き」

祖母が、生前に読んだ句だ。
子供が好きで、若かりし頃は東京で幼稚園の先生をしていたという。
そのころ身についた習慣は、田舎に戻ってからも抜けることなく
外出時には片肌脱いで襟化粧をし、顔に紅おしろい、髪はふっくら結い上げて
田舎仕事をしている人々をよそに颯爽と自転車で走り回っていたという。
その頃とてもモダンな人だったらしい
その印象と
子供好きな一面はなかなか繋がらなかったのだが
ぼんやりとわかったことが、昨日一つ。

”子供好きというよりは子供に好かれてしまうのだ。”

随分と昔、
弾かなくなったオルガンを持っていってあげたらたいそう喜んで
暇をみつけては弾いていた。
折り紙も好きだった。風船、クス玉、千羽鶴。
新聞の折込広告の色が織り込まれたそれらはとてもきれいで上手かった。
子供の好きなお菓子も大好きだった。
姉にチョコレートを与えすぎて「味噌っ歯になった」と母になじられたりもしていたが
意に介さず。
プリンや寒天の水菓子はいつも(自分のために?)常備されていた。
四季折々の行事を暮らしに取りいれ楽しむことも好きだった。
晩年は豊富な語彙を活かし、句作に勤しんだ。

子供は仲間を見つける天才だから
祖母は子供達に見つけられ、祖母もまた近づいてくる子供達を愛したのだろう。

頑固で、男勝りで、筋の通らないことは大嫌い。
そのくせ、無垢で、無邪気で、欲少なで
花鳥風月を愛でる心は、野の雑草にまで及ぶたおやかさ。
死ぬまでそんな心を持ち続けた。


お婆ちゃん子だった私は、昔からそっくり!と言われてきたが、
不思議と子供に好かれること以外
まだまだ至らないことが多く、
「雛の日」に改めて故人を偲び、我を想う。
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by uneme_tayuu | 2007-03-03 22:37 | | Comments(2)

チャリチャリチャリ、チャリチャリチャリ・・、
明け方布団の中でそんな音を聞くのは久しぶりだった。
まだうずくまりながら独りごちた。
「ヤッパリな・・昨日の風からしてそんな気がしたんだよ。」

国道沿いの我が家の寝室からは走り去るトラックの音がよく聞こえる。
昨朝はチェーンの音でお目覚めだった。

しかし、こんなに積もっているとは思わなかった。
一面の雪景色。
汚れたキャンバスをまた白くして新しい年を迎えるに相応しい雪。
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竈の家に向かう途中、采女城址のある北山を望む
思わず立ち止まらずにいられない。
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庭の山茶花にも雪
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勝手口の坪庭にも雪
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常夜燈にも雪
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そして、愛猫にも雪
・・・・・猫には雪がよく似合う。
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一年間、竈を見守ってくださったみなさま、本当にありがとうございました。
来年もまた楽しい時間をご一緒したいと思っています。
どうぞヨロシクお願いします。
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~古い民家で自然や人とつながりながらゆっくり暮らすことを考えてみましょう♪~

2007年も素晴しい出逢いの年でありますように♪
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by uneme_tayuu | 2006-12-30 11:44 | | Comments(6)

グレゴール・ザムザ殺害事件

ここ数日の私は大量殺戮鬼と化している。

一時的に症状は治まるのだが、しばらくすると居ても立ってもいられなくなり
庭に出てあるものを探し回る。
そして殺戮。
次々と殺戮。

***
仏教徒である私にとって
「すべての人間ばかりか動物はもちろん
植物をも含むすべての生きとし生けるものを殺してはならない」
という仏教の十戒の中でも第一に挙げられている「不殺生戒」道徳に反することは
かなりの苦痛を伴うものである。
勿論、人は生き物を全く殺さずに生きて行くことはできないが、
無益な殺生は慎むべきであるというのが釈迦の教え。
それなのに夢遊病者のようにふらふらとあるものを捜し求めては手を汚す私。
ザムザ惨殺が無用の殺生かどうか・・否と断定することは私にはできない。
だから、
その罪の意識が夜あらわになる。

庭木に付着し、葉を食い散らすザムザの大群を見つけた瞬間
トングで摘まれ庭石の上で惨殺された死骸の数々
黄色い汁を流すもの、緑の汁を流すもの
からだをくねらせながら苦しむもの
半分つぶされながらも逃げ惑うもの
昼間目にした光景が布団の中でフラッシュバックになって蘇る。
そして
この毛虫たちは、グレゴール・ザムザと同じように
元は人間だったかも知れないという妄想。

***
だいたい、なぜこんなことをしているかというと、
今年はこの時期になっても庭屋さんが入らないからだ。
去年ちょっとした諍いがあったからだろうか?
時期が来れば連絡せずともやってきていたはずが、今年は一向に現われない。
庭屋さんが来て薬剤散布することも、私が手を下すのも、同じといえば同じなのだが
やはり心的外傷の大きさが違う。

それなのに、時間がたつとまた庭に出て、鷹の目のようにするどい目線で
狙った獲物を一網打尽にする私。
仏の顔の私は、そのとき一体どんな表情をしているのだろうか。

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                   (殺された小ザムザの死骸)



今年はウチだけでなく、あちこちで毛虫が異常発生しているのだと聞きます。
皆さんのお家の庭は大丈夫でしょうか?
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by uneme_tayuu | 2006-10-07 10:42 | | Comments(6)

再会

頼まれごとがあって取引先の会社に出向いたときのこと。
「あいにくと○○は外出中(不在)です。」受付で応対に出てくれた男性がそう言った。
あら残念!でもまぁこの人に伝言お願いしておけばいいや。
初めての顔だけど新しい監督さんかな?
そう思いながら彼にひと通りの説明をして、お礼を言って帰ろうとしたそのときだ。
その男性が思いがけないことを切り出した。

「あの~、僕のことわかります?」

?????知り合いだったっけ?
驚いてその顔を見詰めてみたが、誰かなんてすぐには分からなかった。
からだ全体も眺めてみた。上背もあり、なかなかがっしりした体格だ。顎鬚を生やしてはいるが強面ではなく、瞳の奥が涼しげである。
何処で会っただろう?私の知り合いにはいないと思うけど・・・。

「ごめんなさい!どこかでお会いしていましたか?」

そう答えた私に、男性は、わずかに微笑んだような気がする。
「あっ、じゃあ僕の名詞持ってきますね!」
踵を返して、一旦奥の事務所に引っ込んだ。
しばらくして戻ってきた彼が差し出した名刺をみたときの、私の驚きといったらなかったと思う。今思い出しても噴出しそうになるくらい。

“え、え、え、え、えっ!?ケンヤぁぁぁ!?”

でも確かにそうだ。
そうなのだ。
「えっ、でも、あの!料理の道に進んだって聞いていたけど・・・?」
「そうなんです。だけどいまは辞めて、ここでお世話になっているんです。」
シェフから現場監督??
そんなことがあるなんて!!
あまりの驚きに、次に何を聞けばよいのか分からなくなって
「すっかりたくましくなって~!全然わからんかったわ。」
そんなありきたりの言い訳を二度も言ってしまったりした。
「だって僕もう三十ン歳ですよ。すっかりオジサンですよ~。」

“あんたがオジサンなら私はどうなるのよ!”


「お姉さんの名刺が置いてあったんです。」

「最初は、お姉さんとおんなじ名前やと思ったんやけど、お姉さんやということが分かって、まだ会っていないんやけどなって家でも話してたんです。」
「お姉さんて・・・」
「僕の家ではお姉さんはずーーっとお姉さんなんです。」
嬉しいと言えば嬉しいのだが、なんだか複雑。

それにしても・・・何度かお邪魔していた会社だったが全く知らなかった。
だけどケンヤは知っていたのだ。
いずれ私に出遭うと思っていたのだろうか。
でも彼にしたって、それがその日そのときだとは思いもしなっただろう。
私が扉を開けたとき、あれこれと商品説明をしているとき、私が考え込んでいるとき、どんな想いで見ていたのだろう?
走馬灯のように想い出が蘇ってきた。

***
まだ中学生だったケンヤの家庭教師。それが私とケンヤとの関係だった。
二年程は通っただろうか?勉強を教えるというよりは、いつもただ喋っていただけのように思う。学校の話、食べ物の話、漫画の話、内容はもうほとんど忘れてしまったが、お喋りなケンヤの聞き役、それが仕事。友達か仲のよい姉弟のような関係だった。
あっ、お姉さんか。
そうだ、家庭教師なのに先生とは終ぞ言われなかったぞ!(爆)
でも三年は、自分の卒論と重なったことと、頑張ればできる子なのに頑張らせてあげることができないことに負担を感じ、少し離れてしまった。
そんなすまない思いもあってずっと気にかかっていたのだけれど
まさか、こんな形で再会しようとは!

料理の道に進んだと聞いたときは、なるほどと思った。
とにかくその頃から味にうるさかった。
どこそこのお店がうまいだのまずいだのよく知っていたし、おやつに母親が出してくれるケーキの味にもうるさかった。
どこで働いているのか知る機会を得たら、行って驚かせてやろうと思っていた頃もあったのに、二十数年の歳月を経たのちに、逆に自分が驚かされることになろうとは!
全くもって人生は分からない。

***
差し出された名刺を挟んで、カウンター越しの会話はその後もしばらく続いていた。
でも後になって思い返してみると、肝心なことは何も聞かなかった、そんな気がするのだ。
長い長い年月の隔たりがあるのだから、それはそれで仕方のないことなのかもしれないけれど・・。
ただその日嬉しかったのは、引き返す車の中が、ほのぼのとしたやさしさでイッパイに包まれていたことだ。
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by uneme_tayuu | 2006-09-19 12:23 | | Comments(4)

かまど夏季休暇中です!

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竈の家を訪れてくれた人に
書いていただいているかまど帳と色紙

かまど帳は現在2冊目

ちょうちんは私の東京みやげの
「江戸提灯」
とっさに竈の字が思い浮かばず
四苦八苦しましたが・・なんとか・・。

セピア色の写真は「収録記念」

新しい想い出が少しずつ形作られています。
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by uneme_tayuu | 2006-08-15 23:20 | | Comments(2)

贔屓役者

「お若いのに、お好きなんですの?」
わき目も振らず、かぶり付きで観ていたので気づかなかったが、お隣のご婦人だ。
「いえ、まだ最近なんです。」
若いといえる部類にはもうないと思っていたが、なるほど、私もまだ青いな、そう思わせる年代の方だ。

「若いうちから文楽がお好きだなんて感心ねぇ。」と会話を始めておきながら、私に興味があったわけではなく、相手が欲しかったようだ。
黙って頷いていると昔懐かし話をよく喋る。国立劇場がまだ日本橋に開場しておらず、四ツ橋の文楽座で興行していたころからの贔屓だというから年季の入りようも違う。なかなかに貴重なこともご存知の様子なので、しばらくは有難かった。
が、こと蓑助のこととなると、事情は一変だ。

「蓑助もねぇ、あの人病気したでしょ。今はもう手も震えてるし、観てられないけど。
昔はスッとした男前でねぇ、そりゃ格好よかったのよ!」
「あら、私、蓑助見に来ているんですの!今でもメチャ格好いいと思うんですのよ!!」

「あなたもね、はやく男前の若い人見つけると、楽しくていいわよ!」
「あら、私、もういるんですの!蓑助ですの!!」

・・・・・・・・・・・・
残念ながら、心で叫んだだけだ。
だって、それが実にだってなのだから・・。

【吉田蓑助】 
昭和8年8月大阪生まれ 昭和15年6月 三代吉田文五郎門 呼名小辰
平成6年人間国宝。
7年前の平成11年11月、『一力』のおかるを遣った直後、脳内出血で意識を失う。
猛リハビリの成果で舞台復帰は果たしたものの、言語障害が残る。
復帰から5年。

動かす手がどことなくおぼつかなく見えるときもある。
そんな国宝級の年寄り病人を、私が??
もちろん、若い太夫などで贔屓にしてよいと思える人が探せないわけではない。
けれど、私は蓑助に惚れたのだ。
初めて舞台を観たとき、蓑助に遅れなくてよかったと心底思ったのだ。

だからせっせと通う。
蓑助の一挙手一投足、あと何回観ることが叶おうか。忘れないように。
目に焼き付けるために。
人形と同時に蓑助の顔を追う。動きを追う。掛け声に反応する。舞台と客席が交錯して自分が判らなくなる。
そんな気持ちにさせてくれたのは今のところ蓑助だけだ。
歌舞伎や新劇では得られないような一体感を私は文楽で初めて感じることができた。
これもまた蓑助のおかげだ。
だからまた通う。
7月も11月も来春も。せっせと通う。通う。通う。通う。
蓑助が舞台を降りるその日まで。

贔屓役者(蓑助の場合は人形遣いだが)に、歳も病気も関係ないと思う。
探さずとも出逢う。それが出逢いの本質といえる部分だ。
いまは本当に、『蓑助』が面白い。
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by uneme_tayuu | 2006-04-29 18:10 | | Comments(5)

誰の心にもあるらむおのおのの太陽
遠くに行くを人づてに聞きて詠める

  太古より はるか遠くに 仰ぎ見つ
          幾山越えて もこそ変わらめ     ・・・・・ 采女太夫
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by uneme_tayuu | 2006-04-01 09:21 | | Comments(0)