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生まれ変わり

「だれかネコ飼ってくれる人、おらん?」
ある朝教室で、サカタくんがみんなにそう話しかけていた。

ネコ!

その言葉の持つやわらかな響きに反応したのは、私だけではなかったはずだ。
けれど、その一瞬の、ほんの僅かに微笑んだかもしれない私を、彼は素早くみつけて
こう言った。
「あ、猫もらってくれるん!?」

「あかんよ、ウチもう猫居るもん!」
「なんでー、居るんやったらもう一匹飼ってもええやん!」
「あかんよー、他の猫連れてったら怒るやん!」
「なんでぇ!!」
そんな会話だった。
それで終わりのはずだった。
それなのに・・。
道草をして帰ったわけでもないのに。
朝以外で一度も猫のことに触れなかったくせに。
それまで一度たりとも私の家に来たことなんかなかったくせに。

サカタくんはその日、私よりも早く、自転車の荷台に子猫を入れた段ボール箱を積んで
私の家で私の帰りを待っていた。
そうして段ボール箱から取り出した子猫を、私の腕にひょいと抱きかかえさせ
何食わぬ顔をして、さっさと帰って行ったのだ!
その捨子の子猫を抱きかかえた私を、飼い猫のチャコが黙って見つめていた。

その夜だったのだ。
私の目の前から、チャコが忽然と姿を消してしまったのは!!

何故だかわからなかった。
いつだって分かり合えていたじゃない!?
置いていかれた猫は見向きもせずに、夢中で探し回った。
幾日も幾日も待ち続けた。
けれど、その日以来、チャコが私の元に戻ることはなかった。

小学校に上がる前、近所の八百屋さんからもらった猫だった。
当時人気のテレビ番組「チャコねえちゃん」が好きだった私は
もらった猫を「チャコ」と名づけ、その日からずっと一緒の時間を過ごしてきた。
庭で遊ぶとき、縁側で本を読むとき、いつも隣にチャコがいた。
・・・
母が夜、見回りに来る。
チャコが私の布団から見つかると必ずひっ捕まえて外に放り出した。
「夜寝ることだけは許しません!」
だけど平気だった。出されても出されても、どこをどう登ってくるのか、二階にある私の部屋の、二つある窓の、高い方の窓の外側に、チャコはしばらくすると戻っていた。
背伸びをして高窓を開け、ふたたび抱き入れる。
そうしたことを繰り返していた幼い日の夜。
それだけで満足だったのに、
それだけで幸せだったのに、
その日、私は、そんなささやかな幸せに見放されたのだ。


昭和40年代初頭の新築の家のステイタスは、障子建具や衝立で仕切られた大部屋仕様の家から、壁を間仕切りで区切った「個室のある家」だったろうか。
小学校入学からほどなく新しい家が建ち、同級生の誰一人まだ持っていないような子供部屋を与えられた私は、その日から夜一人になった。
大きなベッドに一人の小さな私。
淋しくなかったのは昼間と同じように愛猫がそばにいてくれたからだ。

***
あれから何十年という歳月を隔てた今
あの頃と同じように毎夜横で眠る愛猫に
ときどき私は聞いてみる。

「ねぇ、なんであの時、何も言わずに出て行ってしまったの?」

すると愛猫は、丸い目をさらに丸くして私を見つめ、瞳の奥でこう言うのだ。
「何でそんなこと聞くの?また出逢ったっていうことだけで十分じゃない!?公園の暗い駐車場で、あんたはあたしが昔チャコという猫だったことに気づき、あたしもあんたがあのときの女の子だとわかったから、あんたはあたしを捕まえようとしたし、あたしもあんたに捕まったの!それ以外になにが必要だって言うの!?」

そうなのだ。
過去のことはもうどうだっていいのだ。
肝心なことは今こうしてまた一緒の時間を過ごせているということ。
すっかり大人になった私にもチョコ(チャコ)は変わらず優しかった。
私は、ささやかな幸せを、あの日以来、取り戻していた。

生まれ変わり_f0044728_18465448.jpg
               (幼き日、わかめちゃんカットの采女太夫)
by uneme_tayuu | 2007-01-21 18:56 | 愛猫 | Comments(2)
Commented by magnolia_tree at 2007-01-25 11:05
uneme_tayuuさま、いいお話ですね。
私も小さい頃から猫と暮らしていた身。どんな時も何もいわず
そばにいてくれる猫にどれだけ救われたことか。
猫との出会いは、「偶然ではなく必然」ですね。

それにしても、ワカメちゃんカットがお似合いですね〜!
Commented by uneme_tayuu at 2007-01-25 20:34
magnolia_treeさん、お久しぶりです!

「猫」が私の原体験となっていることは隠れもない事実ですし、
また、私以外でも多くの猫好き人間がそうなのだと思います。
だから分かり合える。
そういう猫好きの友人のいることも今は救いですね。
ということで、
あの古い写真は最後まで読んでくださった方への
ささやかなプレゼント(?)のつもりなのです。
喜んでいただけて嬉しいです♪
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