寒露号 -今日は旧暦 8月26日です-

寒露 ~気寒く露草重し~

朝晩の冷えに身震いする季節がやってきました。
あの夏の暑さが嘘のようですね。
急な冷え込みに、普段丈夫な私も珍しく風邪をひいてしまい、何もしないで
ぼんやり過ごす時間がありました。その時考えたこと、以前からずっと気に
なっていたことについて。

もう何年も前からですが、今は、インターネット回線を通じて色んな人やも
のや情報が手軽に、しかも瞬時につながる時代です。このメールの読者の
中にも、生まれた時からネット環境が整っていたという方もいらっしゃるでし
ょう。

でも私の子供の頃といえば、離れた場所にいる人と即座に繋がることので
きるものと言えば電話(「有線」というのもありましたが、こちらはかなり地域
限定的)。その電話も大切な用件以外に使うことは憚られた時代。
そんな時代の友達といえば当然、同じ学校や近所の仲良し。遊びたければ
直接その子の家に行って「○○ちゃん居る?遊ぼ。」と誘ったもの。大人の
行き来でも事前に連絡を取って在宅を確かめてから来るなんてことありま
せん。少し離れた親せきでさえ連絡もなく「居るか~?」と言って唐突にやっ
てきたものでした。
大学時代・OL時代でも、友人たちとは次に会う約束をしてから別れて次に
会うまでは連絡もなし、当日誰かが来られなくても「なんか用事できたんや
ろか」とか「来やへんなー電話してみる?」くらいの緩い感じ。待ち人来たら
ずで駅で何本も電車を見送ったこともしばしば。

今なら、メールやLINEで何分遅れますとか今どこどこです、とか?それはそ
れで便利には違いないけれど、便利になった反面、急いで返事を返さない
とと気忙しく、窮屈な思いがしないでもないものです。

また、身近な生活の場面でよく出くわすのが、「Aさんと繋がったよ」「Bさん
と会話したよ」というSNSで人と繋がる話。確かに人と繋がるのは悪いこと
ではないと思います。でもそんなにたくさんの人と繋がる必要があるのかど
うか、互いの親密度はどれ程なのでしょう?浅ければ浅いだけ、密に繋が
ろうとはしないでしょうか?

今、無性に、直接顔をみて話の出来る相手だけが知合いであり友人であっ
た時代を懐かしく感じます。緩やかな繋がりで仲間と繋がっていたのんびり
とした時代。もちろん後戻りすることはできないでしょう。今さら携帯電話を
手放すことも、ネット環境を遮断してしまうことも現実的ではありません。
でも、人間関係はもっと簡素に緩やかに、自分が本当に連絡をとりたい人
とだけでもいいのかも!?
これから深まる秋、友人関係を見つめなおすのは自分の立ち位置を確か
める意味でも、案外いい季節到来かもしれません。

By かまど管理人
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by uneme_tayuu | 2015-10-08 10:27 | 暮らし暦 | Comments(0)
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