小満号 -今日は旧暦 4月23日です-

「小満」

昨晩は激しい雨でしたが一晩明けた今日は静かな曇りの日を迎えています。
近所の梅の木も順調に実を少しずつ膨らませています。美里には地元で
作られている「梅ジャム」というものがあります。
すっぱあまいジャムですがトーストパンにのっける美味しいです。美里にあ
るフラワービレッジ、というところで販売していますので興味のある方は一
度試して見て下さい。

歴は「小満」を迎えています。
webで調べて見ると万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るこ
ろ。麦畑が緑黄色に色付き始める。とあります。
里山の麦畑がだんだん色づく美しい風景が今年も見ることができそうです。

私は津市内のとある百貨店で(1つしか無いのでネタバレですね、笑)開催
していた写真展を先日終えました。展示させてもらっていた写真は
2011年夏〜今年の春までの期間震災後の東北、岩手の大槌町というとこ
ろを撮影した写真達です。過去に見ていただいた方も見えると思います。
震災から3年を過ぎ、メディアからの情報などめっきりと遠くなってきたな、
と感じる日々です。だからといってメディアの批判をするつもりはありません。
それが時間の経過の必然かもしれないと感じるから。熱は次第に下がって
いくのも自然現象だし、その熱は熱ければ熱いほど急激に冷めてしまうも
のだと感じるからです。

半年に一度ほど現地に足を運ぶのですが、なんで「その土地に行くの?」
そういう質問をたまに受けます。最近は相手の場所や人のことなどいろい
ろありますが「自分自身が忘れないために行っている。」そのような気持ち
が強くなってきています。
訪れた大槌という町の、そこで生きている人のことを知ってしまって、変化し
続けるまちの風景を捉えてしまった。そのことが気がかりになって「いま、ど
うかな?」そういう気持ちを続けてくれているのだと思っています。

昨年の東北帰りに気になって居た場所である、福島の原子力発電所近くの
一般人の行けるところの限界まで行ってみました。到着したのは夜で日常
なら点々と灯るはずの家々の電気はついて無くて道路沿いにある外灯が
灯っているだけでした。

その土地は震災を受けたままの姿で残っていました。この場所に人は住ん
でいない」その事実を自分の中で夜の外灯だけが灯っている風景を見つめ
ながら身体で少し感じたのです。震災後の手つかずの風景が在る、その重
さ、今なお「人が住めない」という事実を見逃してはならないと改めて思いま
した。
風景を見つめながらとても怖くなってきた。

その場所では今年田植えもできなかっただろう。
人が生きていく時に普通に見られる風景がその土地には無い。
「歴」を感じる風景がそこには無い。
何故なのか…

私はどう感じるのか?そのような問いを自分に投げかけながら
これからも個人的視座で見つめて考えて行こうと思います。

写真師松原
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by uneme_tayuu | 2014-05-21 21:50 | 暮らし暦 | Comments(0)
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