啓蟄号 -今日は旧暦 2月 6日です-

「お付き合いのしかた」

歴では啓蟄を迎えています。春分前日までの季節の区切りを伝えるこの言
葉は大地が温まり冬眠をしていた虫が穴から出てくるころ。柳の若芽が芽
吹き、ふきのとうの花が咲く頃、そんな意があります。
冬の寒さの中、寝ていた?細胞達もしっかりと起きてきて活動をはじめてい
る、そんな季節になるのでしょう。人の住む社会もこの時期は年度末、決算、
申告、学校では卒業式などいろんな面で区切り、旅立ちをすることが多く、
またそういう姿を見たり聞いたりしながら様々な記憶を蘇らせたりしている
人も多いことだと思います。
そんな前に進んで行くイメージをもつ歴の日、起きてみると私の住む三重
美里町は雪がうっすらと積もっています。どおりで寒いはずです。先日まで
少し暖かい日が続いていたので身体が寒さを余計に感じてしまうような気
がします。
この寒さでは起きた細胞も再び眠りにつきたく思うのは気のせいでしょうか。
私が眠いのもきっとそのためですね。(これはただの睡眠不足です、笑)

最近のことですが、この春とある学校を卒業する学生さんと話をすることが
ありました。そのなかでSNSのことについて(その学生はあまり活発にSNS
をしていない、今では珍しい人になります。少し遠巻きから見ている人、と
いうことができるかもしれません)話をしてくれました。その中で印象に残っ
たことは、「いい」「悪い」という判断をある人がすると、瞬く間に集団の中で
蔓延するようにそのことが伝わってしまうということを話してくれました。その
最初に発信する人の影響力が出る、そういうことになるのかもしれません。
これは裏返すとそういうこと(どう見られているか、どう感じているか)をいつ
も気にしながら生きている、ということになるかもしれません。私はSNSを
活用させてもらっている生活者なので真っ向から否定することはできない
のですが、そういうことを気にしながら(それもかなりの重点で)生きて行くと
いうのは案外きつくてつらいものなのかもしれないな、と感じると共に「一つ
の言の葉」を個人が発信すること、それがやがて世界を滅ぼしかねないか
もしれないな、と考えてしまいました。これは極端すぎますかね…みなさん
はSNSとのお付き合い、どのように感じているでしょうか。私は、ここ近年
SNSから発信される情報(特に写真関係のイベントなどが多いのですが)
が結構な頻度で自分の行動を決めて行く判断材料にもなっていたりするの
で普通に生活レベルで活用したいと思うのですが。発信するということの為
に無料で使える、使わせてもらっている?のですが、随分と配慮が必要な
のだと思うと共に、使うための学習や教育ということがかなり小さな頃から
必要なのかもしれないな、とも感じてしまいました。

あと数日で3度目を迎える3.11、東北大震災の日がまもなくやってこようと
しています。「あの日のことを忘れないで」と大きな声が聞こえてくる反面、
「もう忘れてしまいたい」と小さな声でつぶやいている人の存在があることも、
私は忘れないようにしようと感じました。
「故郷の遠くに見える山並みはいつも一緒です。」ラジオからはそんな言葉
が聞こえてきています。

亡くなられた全ての方々に手を合わせたいと思います。合掌。


写真師 松原
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by uneme_tayuu | 2014-03-06 09:00 | 暮らし暦 | Comments(0)
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