寒露号 -今日は旧暦9月4日です-

「街の中にある森」

フェースブックやTwitterなどのSNSからは秋の味覚や行事などの様子が
沢山送られてくるようになりました。そんな秋の季時間が流れる中、伊勢神
宮では遷御の儀とそれに関連する祭典が行われ、先週の6日の日曜日、
外宮(豊受大神宮)の御神楽をもって終了しました。

1300年続く御遷宮という儀式。お宮さんを新しくするという役割とそれに携
わる人達の技術伝承などなど、そのあたりのことは新聞記事や報道ニュー
スで既にご存じの方も多いと思います。

そんな儀式の流れの中に一部分ですがご縁があって立ち会わせていただ
くことができました。
様々な儀式の流れはただ「美しい」という言葉がしかあてはまらないような
感じでした。
「ひと」が作り上げた美しさを見せてもらいながら、この儀式のスタイルがど
のように作られてきたのか?伝わったのか?そんなこともふと考えたりしま
した。

記録撮影担当で入らせてもらったので当然撮影もできない場面もあります。
そんなときにはただじっと見つめるわけですが、写真機を置いて少し離れ
たところの儀式を見ているとき、「先祖の人達もこんな感じで見つめていた
のかなあ。」と時間が自分の身体を通してタイムスリップする感覚にたまに
なりました。また、普段入れない時間帯である夜遅くに入らせてもらうことも
ありました。鹿やムササビなどの獣の声を沢山聞くことができました。特に
一般参拝が終了してから夜の神域に入らせてもらった時にその感じは強烈
になりました。
(外宮さんの場合電車の通過音やいろんな自然界以外の音も聞こえてくる
のに森の中にいる感じはかなり強いのです。そのあたりがとても不思議な
感じ)改めて神域の中は森なんだなあ、と感じた次第。街のなかにある森、
そういう環境の中で普段日常ではあまり感じないことを随分感じさせてもら
ったのかもしれません。


光を消した闇の中で感じることも多々あることを改めて認識すると共に、そ
ういう場所で自然界との対話が少しでもできるようになればと改めて思いま
した。神宮に行くといいうことは「森」を感じに行っているのかもしれないなあ
…。

「神さん」とのおつきあい、我が家にある「神棚」に手をあわすことを再びは
じめないといけないな、と痛感した次第です。日常の中に「神さん」は在る、
と思っていたいから。

たまには近所の氏神さんにお礼を伝えに言ってきますかね。


秋の味覚の食べ過ぎで身体の目方が増えすぎないようにお互い注意しま
しょう(笑)。

写真師松原
[PR]
by uneme_tayuu | 2013-10-08 14:06 | 暮らし暦 | Comments(0)
<< 第34回サロンde竈(さろんで... 第33回サロンde竈(さろんで... >>