竈・かまど・カマド?

竈の家のカマドは、重文民家などでよく見かける土製のカマドではなく、洒落たタイル張りの西洋クドである。
カマドも時代により変遷があるが、おおむね大正時代の中ごろまでは、粘土質の土でできた土クドが主流であった。所謂ヘッツイである。
その後、大正の末期から昭和の初期になると、ロストルという格子状の鋳物の板を中に敷き、表面をレンガで固めた西洋クドが広く使われるようになる。
ロストルの上で薪を焚く西洋クドは、焚口の下に通気口があり煙突を付けているので、熱効率は土クドに比べてはるかによい。また灰も取り出しやすく勝手がよい。

市史によると、市域に残されているクドもほとんどがこの西洋クドであるそうだ。

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伯母の記憶によると、竈の家のカマド(通常オクドさんと呼ばれている)は、伯母がまだ小学生の頃、手先の器用な近所のカンイチさんの手によって土クドから造り替えられたのだそうだ。
伯母は大正生まれであるから、時代の流れと合致している。

今はなくなってしまっているが焚き口には鋳物の扉がつき、ロストルもあった。
今も残っている西洋クドとしての特徴は、煙が直接屋根の外へ出るよう工夫された煙突だが、その煙突もいまは中央で大きくひび割れ、応急措置でもたせてある危ういものだ。

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鍋釜をすえる釜口の数は、左からハソリ用、釜用、ステクド、さらに一回り大きなハソリ用の釜口と合計四つ。
f0044728_2391958.jpg大勢の家族が同居した当時の標準的な数である。
ちなみに、ステクドとは湯を沸かす専用の釜で、焚き口はなく両側の火力の余熱でひとりでに湯が沸く仕組みのもの。
表面に張られたタイルは装飾と耐火の役割をはたした。


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さて、このように土クドから改良された西洋クドも、昭和30年頃から製造が始まったプロパンガスの普及により、ガスコンロにとってかわられることになる。
今またガスコンロは、IHクッキングヒーターにとってかわられようとし、人々が炎や煙を目にする機会はますます減っている。
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火を使うことでヒトとなり、火を使わなくなりヒトはこの先何になるというのだろう?
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by uneme_tayuu | 2006-04-15 23:15 | 竈の家紹介 | Comments(2)
Commented by magnolia_tree at 2006-04-21 22:55
知っているようで知らない竈のこと。
こうして歴史の流れを見ると、感慨深いものがありますね。
「食」にまつわる場や、道具の大切さを感じます。
IHヒーターは安全で便利だとは思いますが、どうも信用でき
ない、と思ってしまいます。
やっぱり「直火で料理」が基本ですよね。

“近所のカンイチさん”がすてき。
Commented by uneme_tayuu at 2006-04-22 11:31
うふふ、カンイチさんいいでしょ☆
伯母の話を聞いていると、向こう三軒両隣
昔は、近所がみんなが親戚のように、お互いのことを知っていて、
助け合いながら生活していたことがよくわかります。

竈も家も、調べていくと、なるほど!って感動することがたくさん。
遅々としてなかなか進みませんが、少しずつ記事にしていこうと
思っています。
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