霜降号 -今日は旧暦9月28日です-

霜降

読んで字のごとく、霜が降りはじめる頃といわれる節気です。
今日はありがたいことに、まだ暖かいほうですが、
時折、三寒四温の言葉どおりにぐっと冷える日が混じり
確かに秋から冬へと向かっている季節の移ろいを感じます。

秋の実りがだんだんと
旬の終わりを告げて去っていくのは、
食いしん坊としては、いささか寂しい気持ちですが
炊事のときの火の熱が、心地よい「ぬくもり」として
感じられてくるのは、うれしいもの。

かまどが各家庭にあった頃には、
きっと、あかあかと燃えるその炎を通して
似たことを感じていたのだろうな……と想像します。


さて、昔話でしばしば見かける情景ですが、
昔の人は、生活上の死活問題として
かまどの火を絶やさないために
様々に気を配り、大きな苦労をしてきました。

震災時、多くの地域で大きな断絶がありましたが、
現在では、ふたたび多くの地域で
コックをひねればガスが、
スイッチを押せば電気が、
ガソリンスタンドに行けば灯油が、
24時間いつでも手に入る状態になっています。

電気、ガス、灯油……
これらの「現代のぬくもり」をもたらす
燃料/エネルギーが、なんとも楽に、便利に
絶えることなく各家庭にもたらされる
「現代の、当たり前」に対して、
「なぜ、この便利さが自分の手にあるのか」を
ぬくもりがうれしいこれからの時期に、
ひとりひとりで、よく考えてみませんか。

今、「当たり前」のように享受している
これらの状況が、ほんとうは、
「どれだけ恵まれている」ことなのか。
「だれに支えられている」ことなのか。
「なにを対価としている」ことなのか。


由来に諸説ある「かまど神信仰」ですが、先祖たちが、
火の力を扱う「かまど」というものを、ただの
「ほしいままに使役できる便利な道具」と思わずに
その存在に人格……いや、それ以上のものを感じて
「神様」として自分より上の存在として接した理由、
また、捧げた感謝と敬意、そして畏れの理由が
見えてくるかもしれません。

そして、ここから、
エネルギー問題に端を発した、
わたしたちの抱える社会の「本当の」問題点と
フェアな未来を拓くヒントが見えてくるように思います。

emix
[PR]
by uneme_tayuu | 2011-10-24 08:25 | 暮らし暦 | Comments(0)
<< 第16回サロンde竈(さろんで... 第7回leブランチ竈(るぶらん... >>