白露号 -今日は旧暦8月11日です-

美里は朝晩すっかり涼しくなってTシャツで過ごすのが肌寒いほどになって
きました。みなさんの住んでいる場所も秋の気配が進んでいることと思いま
す。

先日の台風の力も大きくて自然の恐怖を感じることになりました。続いてい
ます、いろいろ。


今から1ヶ月ほど前、ちょうどお盆にさしかかるころ、岩手県大槌町というと
ころに足を運んできました。震災の時町長が亡くなってしまった町です。(最
近新町長が決まりました)一人で行かなければ、と思ったので三重から車
で向かいました。(岩手は遠かったです)被災地に入ると瓦礫などはかなり
少なくなっていて、空き地に残された家がぽつんと立っているような景色。
ダンプの走行音とブルドーザーのガタン、ガタガタ、という音が響いていて
土埃が舞っていました。「臭いが結構するよ」と聞いていましたが現地では
思ったほどきつくはありませんでした。ただ雨が降ったりすると臭いも発生
していました。

そのような状況にある中で被災を受けた建物の前に立ちました。窓ガラス
は無い。この建物を覆う高さの津波が来たということを体がゆっくりと感じ始
めていました。

「この津波に遭ってしまったら生きているのは無理だな」その感じたひとつ
の見えない物差しを持ち歩いて5日間滞在しました。

映像や音声だけでは感じられないこと、被災地、その土地に立つことで、自
分の中に今回の「津波」のスケールがインプットされたこと、私には訪れて
一番身に染みると共に東北大震災のことを忘れないための一つの道具を
手に入れたと感じています。自分の身の丈が物差しとなった、修学旅行で
の奈良の大仏さん以来の出来事でした。

体感していくことで見える世界があることを改めて感じさせてもらえました。

現地の人全員では無いでしょうが「見に来てもらえれば」「ちゃんと見ていっ
てくれよ」と話してくれる人も居ました。現地に行ってみよう、と思う方はいか
れた方がいいと思います。(あくまで個人の見解ですが)

考え続けたり、見続けたりすると、語り合ったありすること、そういう行動の
なかできっと記憶の溝がより深くなることを信じたいと思います。


来週から東京で写真展です。東北に足を運んで自分の写真を見る目もほ
んの少し変化してきているように感じます。

いろいろな方とお会いできればと思っています。東北にも近い場所なので
そこでもいろいろ話を聞かせていただければと思います。

個人個人の話を聞かせてもらうのが今一番必要だと思うから。「ふるさと」と
いう場所のことをこれからも考えたり感じたりしながら

自分なりの選択を決めてゆきたいと思います。



改めて亡くなられた方のご冥福をお祈りしたいと思います。忘れないために。


ありがとうございました。


村を記憶する写真師 松原
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by uneme_tayuu | 2011-09-08 11:14 | 暮らし暦 | Comments(0)
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