容易いこと

10代の頃、記録写真という言葉を知らなかった。
その頃、想い出は、頭の中の記憶だけで十分だと思っていた。

比較的自由だった当時、いろいろな処を旅したように思う。
けれど、今その記憶をたどる糸口を私は自分の記憶以外には持たない。
そう、つまり旅の記録や写真はほとんどと言ってよいくらいに何もないのだ。

どこへ行くにもカメラを手にした日本人、海外のショップでブランド品を買いあさる日本人
そんなイメージが嫌いだったから
私はお土産も買わなかったし、カメラも持たなかった。
そんな私をいぶかしがる現地人が写真を撮って送ってくれたりしたこともあった。彼らは一様に、「なぜ日本人なのにカメラを持たない?」「本当に日本人か?」と聞く。そして、「ここを撮るとよい」「この場所を日本人はみんな写真に残していく」と親切に教えてくれる。
彼らにしてみればその国のお国自慢でもあったろうその観光スポット、だが、それだけならよいのだが、彼らは風景だけでなく、私の容姿までも一緒に写真におさめようとした。
残念なことに、当時、写真に写る自分の姿・形はどれもあまり好きではなかった。
だからせっかく送ってくれた写真も、無造作に放置してしまったし、その後の手紙のやり取りさえどうかすると忘れてしまった。

「N・Yの危険地域は上から見るとよくわかるよ」そう教えてもらいながら登ったのはエンパイア・ステイトビルの屋上だったろうか?それとも倒壊されてしまった貿易センタービル?
近代美術館の前の階段に群がる人たちの映像は、自分の記憶だろうか?それともどこかの雑誌で見た写真の記憶?
ネス湖だって、確かに足を運んだはずなのに、思い出そうとすると、ネッシーの描かれた漫画チックな絵が記憶の再現の邪魔をする。
一事が万事こんな風だ。曖昧な記憶と無関係な記憶はない交ぜになって真相を妨げるし、それ以上に消えてしまった記憶は計り知れない。
だが、私が嘆いているのは、そんな記憶の曖昧さや失くしてしまったものなどでは、
もちろんない。

その頃は、脳の一番優れた能力が「忘れること」だということも、「記憶の曖昧さ」が人間関係を支えていることも、なにも知らなかったが、
新たに生まれる好奇心で心はいつも満たされていたし、何より経験が、人生の肥やしになると信じていた。

そんな私が、いま、ほんの少しだけ後悔しているのは、被写体に向かう姿勢。
写真を撮るという習慣が自然には身についていないこと。
ようやっと、仕事上でも、写真を撮る機会が増えたので、こんなことを言うと意外に思う人が居るかもしれない。しかし、事実、実際にはまだまだ、肝心なときにカメラを忘れる。
運よく持っていても人に出遅れる。シャッターチャンスを逃す。被写体をうまく捉えられない。ぶれる。アングルが気に入らない。たくさん撮ったつもりでも似たような写真が重なって実際には役立たない。・・・言い出せばきりがないくらいに嘆かわしいことだらけだ。
他人の写した写真を見る機会に及んでは更にがっかりさせられる。そして、必要とあらば、完敗ののちにその写真を譲り受けることになる。

***
以上、長々と語ったのは、つまりはこのブログにいまだ写真が一枚も掲載されない、苦しい言い訳。
文章だけもそんなに悪くないわよ。そう思うこともある。だけど、私は、竈やそこに集う人、古民家の自然だけでなく、愛猫の写真を記録としてここに残したいと思っているし、それを待っていてくれる人もきっとあると思う。
だから、いつも次こそは!と思うのだが、いま!という瞬間に、残念ながら、今のところカメラはない。

果たしていつも思うのである。
愛猫と戯れる私を写真におさめてくれるパートナーを探すことと、写真のセンスを磨くこと。
いったいどちらが容易いことなのだろう?かと。
[PR]
by uneme_tayuu | 2006-03-25 08:59 | 愛猫 | Comments(0)
<< 歌 かまどメール >>